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高知地方裁判所 昭和61年(行ウ)2号 判決

高知県中村市本町一丁目二二番地

原告

大塚栄松

右訴訟代理人弁護士

土田嘉平

同市新町四丁目四番地

被告

中村税務署長 松井清

右指定代理人

田川直之

藤井正彦

諏訪洋一

川村巌

東信喜

安田鎮夫

西森聖一

横濱輝生

宮武輝夫

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和六〇年一月二四日付で原告の昭和五六年分、昭和五七年分及び昭和五八年分の所得税についてした各更正のうち、昭和五六年分について総所得金額一六二万〇九七〇円、昭和五七年分について総所得金額一四五万七八〇〇円、昭和五八年分について総所得金額一五一万八一四〇円をそれぞれ超える部分及び各過少申告加算税の賦課決定をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、高知県中村市内において、時計、眼鏡、貴金属等の小売業を営んでいるものであるが、別紙第一表(別紙各表は表番号のみで示す。以下同じ。)記載のとおり、昭和五六年分、昭和五七年分及び昭和五八年分(以下「本件各係争年分」という。)の所得税について確定申告したところ、被告が更正及び過少申告加算税の賦課決定(以下それぞれ「本件各更正」、「本件各賦課決定」といい、両者を併せて「本件各処分」という。)をしたので、被告に異議申立てをしたが棄却され、更に国税不服審判所長に審査請求したが棄却された。

2  しかし、本件各処分は以下の理由により取り消されるべきである。

(一) 本件各処分に関する税務調査及び推計課税手続には重大な違法があるので、本件各処分も違法である。

(二) 原告の本件各係争年分の総所得金額はそれぞれ確定申告のとおりであり、本件各更正のうちそれぞれ右金額を超える部分は原告の所得を過大に認定した違法があるので、これに伴う本件各賦課決定も違法である。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認め、同2は争う。

三  被告の主張

1  税務調査及び推計課税手続の適法性と推計課税の必要性

被告は、原告の本件各係争年分の所得税の調査のため、昭和五九年五月一〇日以降再三係官を原告方に臨場させ、原告に対し、本件各係争年分の所得税につき調査を行う旨告知し、原告の確定申告した所得金額の計算についての説明及びその計算の基礎となるべき帳簿書類等の資料の提出を求めたが、これに対し、原告は、多忙であるとして調査の延期を申し立て、あるいは中村民主商工会で調査するよう申し立て、また、被告がその後の調査によって把握することのできた仕入先三二件のうち一二件についてそれぞれ一枚の納品伝票等を提出したのみで所得金額の計算の基礎についての説明の求めに応じず、更に、所得金額の計算に必要な帳簿書類等の資料を提出しないなど調査に協力しなかった。

そこで、被告は、原告が青色申告書の提出について被告の承認を受けていないことから、取引先に対する反面調査を行い、その結果を基礎として所得税法一五六条に規定する推計の方法により原告の本件各係争年分の事業所得の金額を計算した。

したがって、税務調査及び推計課税手続は適法であり、推計課税も必要であった。

2  本件各係争年分の総所得金額

(一) 本件各係争年分における原告の売上金額、仕入金額、売上原価、一般経費、特別経費、事業専従者必要経費、事業所得(売上金額から売上原価、一般経費、特別経費及び事業専従者必要経費の合計額を控除した金額である。)、総所得金額(原告には他に所得がないから右事業所得の金額と同額である。)は、第二表の被告の主張欄記載のとおりであって、本件各更正はいずれも総所得金額の範囲内でなされたものであるから適法であり、これに伴う本件各賦課決定も適法である。

(二) 売上金額は、後記(四)の売上原価に第一〇表の類似同業者(業種、業態及び事業規模が原告と類似する青色申告者三件。以下同じ。)の平均的な売上原価率を適用して(昭和五六年分は〇・六一五四、昭和五七年分は〇・六一五三、昭和五八年分は〇・六〇四〇で除して)算定した。

(三) 仕入金額は、被告が確認することのできた金額である。その明細は、第三表の被告の主張欄記載のとおりである。

(四) 売上原価は、一般には期首棚卸高に仕入金額を加算し、期末棚卸高を控除する方法により算定するのであるが、本件においては右各棚卸高が計算できないこと、原告の営む事業は一般に棚卸高の変動が少ないのが通常と認められることから、期首及び期末の各棚卸高を同額と認め、仕入金額をもって売上原価とした。

(五) 一般経費は、前記(二)の売上金額に第一一表の類似同業者の平均的な一般経費率を適用して(昭和五六年分は〇・一二四五、昭和五七年分は〇・一二八八、昭和五八年分は〇・一二七二を乗じて)算定した。

(六) 特別経費は、第五表記載のとおりである。そのうち、給料賃金、借入金利息、地代家賃及び減価償却費の各明細はそれぞれ第六ないし九表記載のとおりであり、支払い手数料は共同組合中村チケットに支払ったものである。

(七) 事業専従者に係る必要経費とみなされる金額は、本件係争年分とも、事業専従者である大塚通弘及び大塚守について、所得税法五七条三項(昭和五九年法律第五号による改正前のもの)により必要経費とみなされる金額である。

3  類似同業者の選定の合理性

類似同業者については、原告の事業内容等を基準として次のすべての基準に該当する者を選定した。

(一) 高知県内において、主として時計小売業を営み、かつ、兼業として眼鏡及び宝石類の小売を行っている個人又は法人であること。但し、法人にあっては、事業年度の期間が一年で、かつ、各年の九月末日から翌年の三月末日までに事業年度が終了するものであること。

(二) 次の期間を通じて事業を継続していること。

個人にあっては、昭和五六年一月一日から昭和五八年一二月末日までの期間。法人にあっては、昭和五六年九月末日から昭和五七年三月末日までに終了する事業年度のその開始の日以後昭和五八年九月末日から昭和五九年三月末日までに終了する事業年度のその終了の日に至るまでの期間。

(三) 次の各年分又は各事業年度を通じ、青色申告書を提出し、かつ、不服申立て又は訴訟が係属中でないこと。

個人にあっては、本件各係争年分。法人にあっては、(1)昭和五六年九月末日から昭和五七年三月末日までに終了する事業年度、(2)同年九月末日から昭和五八年三月末日までに終了する事業年度及び(3)同年九月末日から昭和五九年三月末日までに終了する事業年度。

(四) 右(三)の各年分(個人)又は各事業年度(法人)の売上原価の額が次の範囲内のものであること。

昭和五六年分又は右(三)(1)の事業年度が二〇八五万九三九〇円から六二五七万八一七〇円まで、昭和五七年分又は右(三)(2)の事業年度が二一七四万六七二〇円から六五二四万〇一六一円まで、昭和五八年分又は右(三)(3)の事業年度が二一〇五万〇一〇三円から六三一五万〇三〇九円まで。

四  被告の主張に対する認否及び反論

1  被告の主張1の事実は否認する。

(一) 税務調査は任意調査を原則とするものであるから、その調査権を行使するには事前に被調査者に通知し、その都合を聞き、現実に調査に赴いた際には、被調査者にその範囲を具体的に説明して、調査の理由を開示すべきであり、被調査者はこの範囲内で受忍義務を負うというべきである。更に、反面調査は、当該納税者から十分な調査を遂げた上、疑点がどうしても解消しない場合にのみ許されるべきである。しかるに、被告担当職員は、昭和五九年五月一〇日いきなり原告方に来て、調査対象年分を特定しないまま、所得税の調査をしたいと申し入れたもので、原告に対して事前に調査を行う旨の通知をせず、その後の折衝においても、調査の理由を開示しなかった上、反面調査を行う前の原告に対する調査は不十分で違法であるから、本件税務調査に基づく本件各処分も違法である。また、被告担当職員の調査申入れの仕方、時期からして、当然昭和五八年分の所得を調査の対象としていたというべきで、原告もそのように考えて応答しており、したがって、昭和五六年分及び昭和五七年分に対する各更正及び賦課決定は、原告に税務資料提出の機会を与えていないから、違法なものである。

(二) 推計課税は納税者の非協力等の事由により、実額調査ができない場合に初めて許されるのであるが、原告は、所得税の申告について中村民主商工会の指導援助を受けるため、同会に帳簿類を預けてあったことから、被告担当職員に再三にわたって、同会で右帳簿類を調査してほしい旨要望し、更に、原告方においても、手元にあった仕入先の納品伝票等を呈示しており、したがって、被告担当職員において、丹念に調査をすれば、原告の所得を把握することは十分に可能であった。しかるに、被告担当職員は、いわゆる民商つぶしの意図から、高圧的でおざなりな通り一遍の調査しかせず、反面調査によって仕入金額を把握するや、これから直ちに推計課税をしており、また、昭和五六年分及び昭和五七年分については、前述のとおり、何らの所得把握の努力もしていないから、いずれにしても、その手続的違法性は明白であって、推計課税の必要性はなかった。

2  同2の事実のうち、原告には事業所得のほかに所得がないこと、第二表において被告の主張欄記載の金額が原告の主張欄記載の金額と一致する部分及び第五ないし九表記載の各金額は認め、その余は争う。

3  同3は争う。

推計方法が合理的であるためには、推計の基礎事実が正確に把握されていることのほか、推計方法のうち、本件具体的事案に最適なものが選ばれること、具体的な推計方法自体ができるだけ真実の所得に近似した数値が算出され得るような客観的なものであることが必要であるが、被告は、類似同業者の抽出基準の合理性につき、形式的な類似性を挙げているだけで、業種・業態の同一性、法人・個人の別の同一性、事業所の近接性、事業規模の近似性に関し、何ら具体的に明らかにしていない上、類似同業者の住所、氏名を秘匿しており、被告の推計方法が本件事案に最適で客観性のあるものか否かが明らかでないから、推計の合理性を欠いている。

五  原告の主張

1  特殊事情

次の(一)及び(二)のとおり、原告には他の同業者より営業状態が格段に悪くなる事情があった。

(一) 原告は、昭和五〇年ころ本店へ自動車に突っ込まれて店舗、商品、什器備品等に大きな損害を被り、その賠償も十分に得られなかったため、経営難に陥っていた上、家庭内のトラブルが原因で昭和五五年一〇月支店を設けたことから、その投下資本(借入金)によってますます経営が苦しくなっていた。

(二) 原告は、昭和五五年ころから、正常な融資を受けることが困難になり、資金繰りのため、協同組合中村チケットを通じてクレジットによる架空の販売を行っていたので、クレジットによる売上のうち約九割は実際には売上ではなく借入であった。

2  実額

(一) 本件各係争年分における原告の売上金額、雑収入、仕入金額、売上原価、一般経費、特別経費、事業専従者必要経費、事業所得(売上金額及び雑収入の合計額から売上原価、一般経費、特別経費及び事業専従者必要経費の合計額を控除した金額である。)、総所得金額(原告には他に所得がないので、事業所得と同額である。)は、第二表の原告の主張欄記載のとおりである。

(二) 仕入金額の明細は第三表の原告の主張欄記載のとおりである(なお、本件各係争年分とも少なくとも一か月当たり六万円で一年分七二万円の消耗品費が含まれているので、これを控除したものが仕入金額である。)。

(三) 売上原価は、期首棚卸高に仕入金額を加算し、期末棚卸高を控除した金額であるところ、期首棚卸高は、昭和五六年分が三〇〇〇万円、昭和五七年分が二七〇〇万円、昭和五八年分が三二九〇万円であり、期末棚卸高は、昭和五六年分が二七〇〇万円、昭和五七年分が三二九〇万円、昭和五八年分が三八四〇万円である。

(四) 一般経費の明細は第四表記載のとおりである。

(五) 特別経費の明細は第五表記載のとおりである。そのうち、給料賃金、借入金利息、地代家賃及び減価償却費の各明細はそれぞれ第六ないし九表記載のとおりである。

六  原告の主張に対する認否

1  原告の主張1の事実のうち、原告が昭和五五年一二月三一日以前に支店を設けたことは認め、その余は知らない。仮に原告の主張する事実を前提としても、この事実は、原告を含む業者間に通常存在する程度の営業条件の差異にすぎず、推計課税を不合理にするものではない。

2  同2の事実のうち、第二表において原告の主張欄記載の金額が被告の主張欄記載の金額と一致する部分及び第五ないし九表記載の各金額は認め、その余は争う。

第三証拠関係

本件訴訟記録中の証拠に関する目録の記載を引用する。

理由

一  本件各処分の経緯等

請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  本件各処分の手続的適法性と推計課税の必要性

いずれも成立に争いのない乙第三、四号証の各一、二、第五号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第六ないし一七号証並びに証人岡村守幸の証言によると、中村税務署国税調査官であった岡村守幸(以下「岡村」という。)は、上司の統括国税調査官から、白色申告者である原告の本件各係争年分の所得税に関する確定申告書の記載内容では所得計算の基礎が不明であるので、原告の所得について税務調査をするよう指示されたこと、岡村は、昭和五九年五月一〇日、原告方支店に赴き、原告に対し、身分証明書を示した上、本件各係争年分の所得税の調査に赴いた旨告げ、確定申告書の記載内容では不十分であることを説明したが、多忙等を理由に調査に応じてもらえず、明日仕入先を教えると言われたため、翌一一日原告方に赴いたものの、原告から仕入先一二件分の納品書又は請求書各一枚を呈示されただけで、その余の資料の呈示を拒まれたこと、岡村は、右一〇日の調査の際、原告から中村民主商工会に書類があるので、そちらで聞いてくれと言われたが、第三者方で調査するのは適当でないと判断し、右書類の返却を受けて呈示してくれるよう申し入れたが、これに応じてもらえなかったため、原告の所得を把握できず、ついに仕入先等に対する反面調査を進めたこと、岡村は、同年七月五日にも原告方に赴き、特別経費の一部について説明を受けたが、その余の調査を拒否され、帳簿書類等の呈示を受けられなかったため、反面調査によって把握した仕入金額等をもとに原告の所得金額を推計したことなどが認められる。なお、原告は、岡村の調査を受けた時期及び回数、調査対象年分の告知の有無等についてあいまいな供述をしており、右調査の状況に関する原告の記憶の正確性に疑問があるといわざるを得ないから、原告の供述中右認定事実に反する部分は信用できない。

ところで、税務調査の手続(推計課税の手続を含む。)に違法があっても、このこと自体から当該調査に基づく課税処分が当然に違法となるわけではないが、その違法性の程度が著しい場合には推計課税が許されなくなる場合があるというべきである。

そこで、本件についてこれをみると、確かに、岡村は、本件税務調査をするため原告方に臨場するに当たって、事前に原告の都合を聞いたわけではないが、原告の要望どおり翌日原告方を再度訪れているのであって、特段の非は認められず、調査の理由の開示にも欠けるところはない。そして、中村民主商工会での調査は不適当であるとした岡村の判断は肯定されるにもかかわらず、原告は、岡村からの協力要請を拒否し、結局、納品書又は請求書各一枚を呈示し、特別経費の一部について説明したのみであり、このような原告の不誠実で非協力的な態度等によれば、岡村の調査手続(推計課税の手続を含む。)に違法な点は見出し難い上、原告から呈示された右書類や原告の説明だけでは、原告の所得金額を実額によって把握することは不可能であるから、推計により所得額を算出するのはやむを得ないことであり、推計課税の必要性に欠けるところはない。

三  本件各係争年分の原告の総所得金額

1  売上原価

いずれも官署作成部分の成立は当事者間に争いがなく、その余の部分は弁論の全趣旨によって真正に成立したと認められる乙第一八号証、第一九ないし二二号証の各二、第二三号証、第二四ないし二八号証の各二、第二九号証、第三〇、三二ないし三四号証の各二、第三五号証、第三六号証の二、第三七、三八号証、第三九ないし四三号証の各二、第四四号証の三、第四五号証、第四六ないし四八号証の各二、第四九号証、第五〇、五一号証の各二、いずれも成立に争いのない第一九ないし二二、二四ないし二八、三〇、三二ないし三四、三六、三九ないし四三号証の各一、第四四号証の一、二、第四六ないし四八、五〇、五一号証の各一、原本の存在及びその官署作成部分が真正に成立したことは当事者間に争いがなく、その余の部分は弁論の全趣旨によって真正に成立したと認められる乙第三一号証によると、本件各係争年分の原告の各仕入先からの仕入金額は、第三表の被告の主張欄記載のとおりであることが認められる。そして、証人岡村の証言によると、原告の営む事業は、通常、期首及び期末の各棚卸高に変動の少ない業種であることが認められ、被告が前記第二の三2(四)のとおり仕入金額をもって売上原価としたことには合理性があるというべきであるから、本件各係争年分の原告の売上原価は、第二表の被告の主張欄記載のとおりとなる。

2  売上金額及び一般経費

(一)  被告は、前記第二の三2(二)及び(四)のとおり、類似同業者の平均的な売上原価率及び一般経費率を適用して、本件各係争年分の原告の売上金額及び一般経費を推計しているので、その合理性について判断する。

原本の存在及び成立に争いのない乙第五二号証、成立に争いのない乙第五三ないし五八号証並びに弁論の全趣旨によると、被告は、高松国税局長の通達に基づき、推計により原告の所得金額を算出するのに必要な同業者の選定について、高知県下の中村、南国、高知、伊野、須崎及び安芸各税務署長に対し、前記第二の三3(一)ないし(四)の基準に該当する同業者の売上金額、売上原価、一般経費等を記入した同業者調査表の作成、提出を依頼したこと、前記第二の三3(一)の但書のとおり法人の事業年度について限定を付したのは、各年のうちに占める各事業年度の月数が九か月以上であるものに限定することにより、計算期間の類似性を担保するためであったこと、前記第二の三3(四)のとおり売上原価の額を限定したのは、被告において確認することができた原告の売上原価の額が昭和五六年分四一七一万八七八〇円、昭和五七年分四三四九万三四四一円、昭和五八年分四二一〇万〇二〇六円であったので、同業者のうち売上原価の額が右各金額の五〇パーセントないし一五〇パーセントの範囲内にあるものに限定することにより、事業規模の類似性を担保するためであったこと、右依頼の結果、高松国税局長に対し、中村税務署長から二件、南国税務署長から一件の同業者調査表が送付されたこと、これらの調査表に基づいて同業者三件の売上原価率及び一般経費率を算定すると、それぞれ第一〇表及び第一一表記載のとおりになることが認められる。これらの事実によると、被告の選定した同業者は、業種、営業規模等において原告と類似しており、被告の採用した同業者選定の基準及び方法には合理性が認められるというべきである上、右同業者三件は、いずれも前記第二の三3(二)及び(三)のとおり、三年間を通じて事業を継続する青色申告者であって、その申告が確定しているから、右各同業者の売上原価率及び一般経費率の算定根拠となる資料は正確性の高いものであると考えられる。したがって、被告が類似同業者の平均的な売上原価率及び一般経費率を適用して本件各係争年分の原告の売上金額及び一般経費を第二表の被告の主張欄記載のとおり推計していることには、原告に特殊事情、すなわち、右推計を根本的に不当とすべき顕著な事情が認められない限り、合理性があるというべきである。

なお、原告は、被告が類似同業者の住所、氏名を秘匿しており、類似同業者が推計に適したものかどうかが明らかではない旨主張しているが、税務官庁には守秘義務があるため(国家公務員法一〇〇条、所得税法二四三条)、同業者の住所、氏名を秘匿するのはやむを得ないこと、同業者の選定の適切性等の推計の合理性の判断に当たって、同業者の具体的な営業内容をすべて明らかにする必要はないことなどを考慮すると、原告の右主張を採用することはできない。また、甲第五〇号証(原告の陳述書)には、時計店の場合商品が一回転するのに約三年を要するところ、原告方支店は、昭和五五年一〇月に開店し、昭和五六年から昭和五八年までの間売上数量に比して多量の仕入れをした旨の記載があるが、原告本人尋問の結果によると、原告は、昭和二九年一月から時計、眼鏡、宝石の修理、販売業を営んでおり、右のとおり支店を開店した後は、従来の店舗(本店)については長男を責任者とすると共に、右支店については原告自ら責任者となって、各店舗で経営を続けてきたことなどが認められ、初めて時計店を開店し、全く在庫品のない状態から順次仕入れる場合とは異なるから、右支店の開店時期は本件推計の合理性を左右するものではない。

(二)  原告は、その特殊事情として前記第二の五1(一)及び(二)の各事情を主張し、推計の合理性を争っているので、これについて判断する。

まず、甲第五〇号証及び原告本人尋問の結果によると、昭和五〇年九月台風により本店に被害を受け、昭和五一年二月自動車が本店に飛び込む事故により被害を受けたというのであるが、甲第五〇号証と原告本人尋問の結果との間で、台風による被害額に関し約五〇〇万円、自動車事故による被害額に関し約二〇〇〇万円の差があり、被害額が判然としないし、また、事業の遂行に必要な金員を借り入れるのは格別珍しいことではないことなどにかんがみると、甲第四五号証の一ないし一七、第四八号証の一、二、第四九号証の一ないし五、第五一号証を参酌しても、右各被害の影響が昭和五六年以降まで及んでいたかどうか必ずしも明らかではない。

次に、甲第五〇号証及び原告本人尋問の結果によると、原告は、協同組合中村チケットから入金された額のうち約九割は、資金繰りのため架空のクレジット契約書を作成したことによるものであって、実際には売上ではなく借入であり、このような架空の売上を計上したのは、国民金融公庫から有利な条件で融資を受けるためであったというのであるが、本件各係争年分のクレジット契約書は甲第四一号証の一、二を除いて既に処分されて現存しないし、甲第四一号証の一ないし三三、第四六号証、第四七号証の一ないし七は必ずしも右架空の売上を証するものではないこと、仮に架空の入金があったとしても、その割合を確認する資料がないので、原告が同業者に比して格別多額の借入をしていたとまで認めることはできない。

したがって、原告の主張する特殊事情は、原告の営業状態が同業者の平均より格段に劣るはずであるといえる程度のものではなく、同業者間で通常存在する程度の営業条件の差異にすぎず、平均値を求める過程で捨象されてしまう程度のものにすぎないから、本件推計を根本的に不当とすべき顕著な事情であるとは認められず、被告が同業者の平均的比率を原告に適用したことを不合理であるということはできない。

3  特別経費

本件各係争年分の原告の特別経費が第二表の被告の主張欄記載のとおりであること、その明細が第五表記載のとおりであること、右特別経費中、給料賃金、借入金利息、地代家賃及び減価償却費の各明細はそれぞれ第六ないし九表記載のとおりであり、支払手数料は協同組合中村チケットに支払ったものであることは、当事者間に争いがない。

4  事業専従者必要経費

本件各係争年分の原告の事業専従者必要経費が第二表の被告の主張欄記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。

5  総所得金額

以上の次第で、本件各係争年分の原告の事業所得は第二表の被告の主張欄記載のとおりとなり、原告には事業所得のほかに所得がないことは当事者間に争いがないから、本件各係争年分の原告の総所得金額は右事業所得と同額となる。

四  原告の実額主張

原告は、事業所得の実額を主張しているので、これについて判断する。

事業所得は収入金額から必要経費を控除したものであるから(所得税法二七条二項)、事業所得の実額を認定するためには、収入金額と必要経費が明らかでなければならないところ、原告は、実額を証明するための証拠として、甲第一ないし三号証(総勘定元帳)、甲第四号証の一ないし三五四、第五号証の一ないし三五一、第六号証の一ないし三五二(日計票)等を提出しているので、これらの正確性について判断する。なお、証人尾原明広の証言によると、高知県商工団体連合会事務局長であった同人は、昭和五九年一二月から原告の所得税申告に関与したこと、本件各係争年分の各総勘定元帳は、昭和六〇年に入ってから同連合会職員によって作成されたことが認められるのであって、右各総勘定元帳は各年度に確定申告のため作成された資料である旨の原告の供述は信用できない。

まず、右各総勘定元帳に記帳された売上について検討するに、本店の売上について、原告は、本店の責任者であった長男がある程度まとまった金額になると幡多信用金庫の原告名義の預金口座に入金していたと説明しているが、右預金口座に本店の売上全部が入金されたかどうかを確認するための資料が存在しないこと、証人尾原の証言では、右長男が右預金口座から払戻しを受けて原告に持参した金額を本店の売上として計上したと思うというのであり、原告の右説明と一致しない上、右金額を確認した資料が右預金口座の通帳か、これに基づく原告の妻のメモか、必ずしも明確でないこと、右各総勘定元帳に本店計上売上高として記帳された金額には一〇万円未満の端数がない上、本店実際売上高として記帳された金額の算出根拠に関する証人尾原及び原告の説明はあいまいであることなどを勘案すると、本店の売上に関する記帳の正確性には疑問があるというべきであり、また、支店の売上について、証人尾原及び原告は、原告が毎日記帳していた日計票に基づいて総勘定元帳に計上したというのであるが、掛売りの場合は日計票ではなく売掛帳に記帳され、日計票に記帳されたのは現金による売上だけであり、しかも、原告は現金出納帳を備え付けていなかったこと、協同組合中村チケットを通じてのクレジットによる売上は支店の売上であるが、これにつき日計票と総勘定元帳との間で金額が一致しておらず、原告は日計票の金額には出任せに記載したものがある旨供述し、総勘定元帳の金額もその根拠となった資料が必ずしも明らかでないことなどに照らすと、右各総勘定元帳に記帳された支店の売上の正確性にも疑問がある。

また、右各総勘定元帳に記帳された必要経費について検討すると、証人尾原は、仕入れ金額について、現金による仕入はなかったと思うが、仮にこれがあったとすれば、その根拠となった資料は原告の妻のメモであったと思うと証言しているにすぎないし、手形で支払いをしたものは原告の妻のメモ等で確認したとしているが、その正確性を確認するための資料がなく、右手形の中には振出先(仕入先)が不明のものも含まれていること、仕入金額から控除された時計や眼鏡のケース代(消耗品費)は、客観的な資料に基づいて把握されたものではないこと、原告は昭和二九年の開店後棚卸しをしたことがなく、右各総勘定元帳に記帳された期首棚卸高及び期末棚卸高は単なる推測に基づくものにすぎないから、正確な売上原価を算定できないこと、旅費、交際費等についても、領収証等による裏付けがなく、概括的に記帳されたにすぎないことなどを考慮すると、右各総勘定元帳に記帳された必要経費の正確性にも疑問がある。

更に、原告は、広告費その他の経費の実額を証明する証拠として、甲第七号証の一から甲第四〇号証の三四まで多数の領収証等を提出しているが、家計上の経費に関するものが除外されているかどうか疑問がある上、証人尾原の証言及び原告本人尋問の結果に照らし、かつ、一般経費に関する原告の主張(第四表記載のとおり)と右各証拠を対比すると、原告の領収証の管理は甚だ粗雑であり、不足している領収証が相当多数に上ると考えられることなどを考慮すると、右各証拠は経費の実額を証明するものとしては甚だ不完全なものである。

したがって、本件各係争年分とも収入金額と必要経費のいずれについても正確な資料がなく、結局、原告の事業所得の実額を認定するに足りる証明がないといわなければならない。

五  結論

本件各更正は、本件各係争年分の原告の総所得金額の範囲内でなされたものであり、また、これに付帯する本件各賦課決定について、過少申告につき国税通則法六五条四項の正当な理由があったと認めるに足りる証拠はない。したがって、本件各処分はいずれも適法であり、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 溝淵勝 裁判官 佐堅哲生 裁判官 河田充規)

第一表 課税経過表

〈省略〉

第二表 総所得金額算定表(単位:円)

〈省略〉

第三表 仕入金額明細表(単位:円)

〈省略〉

〈省略〉

〈省略〉

第四表 一般経費明細表(単位:円)

〈省略〉

第五表 特別経費明細表(単位:円)

〈省略〉

第六表 給料賃金明細表(単位:円)

〈省略〉

第七表 借入金利息明細表(単位:円)

〈省略〉

第八表 地代賃金明細表(単位:円)

〈省略〉

第九表 減価償却費明細表

〈省略〉

第一〇表 同業者の売上原価率表

〈省略〉

第一一表 同業者の一般経費率表

〈省略〉

第一表 課税経過表

〈省略〉

第二表 事業所得算定表(単位:円)

〈省略〉

第三表 仕入金額明細表(単位:円)

〈省略〉

第四表 一般経費明細表(単位:円)

〈省略〉

第五表 特別経費明細表(単位:円)

〈省略〉

第六表 給与賃金明細表(昭和58年分)

〈省略〉

第七表 同業者の売上原価率表

〈省略〉

第八表 同業者の一般経費率表

〈省略〉

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